オムニバス法が労働者の権利だけでなく、インドネシアのSDG進展に対する攻撃でもある理由

2020年12月7日

猛威を振るうCOVID-19パンデミックで、インドネシアがアジアでインドに次いで2番目に多くの死者を出している状況に加えて、ジョコ・“ジョコウィ”・ウィドド大統領による最近のオムニバス法への広範囲にわたる反対も、数カ月にわたってインドネシアで公の議論の中心となっている。

政府の主張によれば、この論争の的となっている法律(11月5日発効、正式名称は雇用創出法)は、70を超える既存の法規定を整理して1つの法律にまとめることによって、投資家に法的確実性を与えるのに役立つ。労働法の緩和、煩雑な官僚的手続きの削減、調達プロセス(特に土地関連)の簡易化は投資を促進し、インドネシアがパンデミックによる景気後退から脱しようと試みている中で不可欠の要件である、と政府は主張する。

しかし、労働団体と環境保護団体、市民社会グループの連合は、この法律に猛反対しており、インドネシアが2030年までに国際連合の持続可能な開発目標(SDGs)、特にディーセント・ワークと持続可能な経済成長に関する目標8や、気候行動と環境保護に関する目標13〜15を達成するうえで妨げになると述べている。この法律が2020年10月5日に批准された数日後、市民社会は法案に反対して大規模な抗議と集会を行い、数千人が逮捕された。

インドネシア福祉労働組合総連合(KSBSI)のエリー・ロジータ・シラバン会長によれば、労働組合は、オムニバス法は「労働者の権利を削減」し、「快適な勤労と社会保障を奪う」と述べている。

この法律はアウトソーシングに対する特定の保護を取り除くだけでなく、多くの労働者の休暇取得権と社会保障条項も削減している。その他の議論のある措置として、最低賃金条項を弱め、最大残業時間を延長し、使用者が無期限の臨時契約で労働者を雇い続けることを許可している。

運動家は、新法は既存の環境保護を廃止することによって、インドネシアの炭素排出削減目標に深刻な脅威をもたらす、とも述べている。例えば、インドネシアの炭素排出の60%以上が、土地利用変化と森林・泥炭火災から発生していると言われる。新しい法律が定める保護の後退は、無制限の伐採や、採炭の急増を招く可能性がある。インドネシアは主要な石炭輸出国で、石炭は国の電力の約60%を供給している。インドネシアは、2020年に新しい石炭発電所を建設中の世界で数少ない国の1つでもある。森林伐採と採炭の拡大を促進する措置は何であれ、パリ協定へのコミットメントの一環として2030年までに炭素排出を29〜41%削減し、2040年までに石炭利用を段階的に全廃するというインドネシアの誓約にとって、明るい材料とは言えない。

政府は、6カ月足らずで法案を起草したことでも攻撃されている。COVIDパンデミック下で雇用増加を支援するために法案を迅速に処理した、と政府は言う。だが法律専門家は、このプロセスは、社会的対話や国民参加がほとんどないまま、広い範囲に及ぶ法改正を急いで通過させた点で「不備がある」とみなしている。

中国の開発モデルへの追随

 規制撤廃で雇用数が増えるかもしれないが、新しい法律は労働者のインフォーマル化も助長し、長時間労働を招くと同時に、使用者が労働者を解雇しやすくする。「MSMEs(零細・中小企業)では雇用機会が拡大するかもしれないが、賃金と保護は不十分になるだろう」と、インドネシアの開発に関する国際NGOフォーラム(INFID)のダイアン・カルティカ・サリ会長は言う。

ジャカルタに拠点を置くインドネシア環境法センター(ICEL)のライナルド・G・センビリン事務局長は、「SDGsを達成する私たちの能力に影響が及ぶことは間違いない」と言う。同氏が『イークワル・タイムズ』に語ったところによると、オムニバス法の基礎となった学術論文は、環境には簡潔に触れているだけで、SDGsは言うまでもなく、持続可能な開発にいっさい言及していないという。

何人かのアナリストによると、この法律は、中国の開発モデルが示す青写真にほぼ従っている。「インドネシアの政策当局は、強力な国家統制と輸出志向工業化の中国モデルから学ぶべきことがたくさんあると考えている」と、シンガポールのS・ラジャラトナム国際研究所のインドネシア・プログラムで上級アナリストを務めるジェファーソン・ウンは、今年3月に『ジャカルタ・ポスト』の意見記事に書いた。「中国モデルは非常に効果的だが、環境破壊、弱い労働者保護、過度の集中化の落し穴も特徴としていた」と彼は付け加えている。

およそ4兆1000億米ドルの資産を管理している世界的な投資家36人が10月、オムニバス法案に危機感を募らせ、インドネシア当局への公開書簡を発表、環境保護規制撤廃案に対する懸念を表明した。

公開書簡には次のように書かれていた。「……私たちは、許可枠組み、環境保全義務の監視、公の協議および制裁制度の変更案は、環境、人権および労働に深刻な影響を及ぼし、重大な不確実性をもたらしてインドネシアの市場の魅力に打撃を与える可能性があると危惧しています」

この書簡に対して、インドネシアのシティ・ヌルバヤ・バカール環境林業大臣は同法を擁護し、この法律は「環境を保護しつつ投資を奨励するように立案」されていると述べた。原生林とピート地帯の開発に関する恒久的モラトリアムは「6600万ヘクタール以上に及ぶモラトリアムマップに含まれる地域について、新規の許可が出されないことを意味する」と同大臣は書いている。

しかし、ICELのセンビリンはまだ納得していない。同氏によると、営業許可の簡略化・迅速化は環境ならびに公開情報への国民のアクセス、参加、環境・土地紛争における公正に「多大な影響」を及ぼす。「汚染被害の面で多くの問題が生じるだけでなく、地域社会との紛争を引き起こす可能性のある将来の問題も持ち上がるであろうことが、すでに分かっている」と同氏は、開発プロジェクトに起因する立ち退きの可能性に触れながら指摘した。同氏は、インドネシアのすべての地域が森林面積30%の最低基準を設けなければならないとする現在の要件が、新しい法律によって削除されることも警告している。

撤回はあり得るか?

 インドネシアの経済担当調整大臣府は10月2日発表の対プレス声明で、インドネシアの「高い最低賃金基準」と「雇用終了の場合の高い退職金コスト」を引き合いに出し、外国からインドネシアへの労働集約型投資は「労働問題によってより大きな制約を受け」ていると述べた。

同省は、平均して、インドネシアの月収は約170米ドルだが、ベトナムの労働者の月収は一般に150米ドル前後であることを強調。インドネシアの退職金が賃金の平均52週分であるのに対し、隣国のタイでは32週分、マレーシアではわずか17週分であることも示唆した。

しかし、インドネシア労働組合総連合(KSPI)のサイド・イクバル会長が10月24日にZoomによる記者会見で語ったところによると、労働組合は、特に以前は5部門に限定されていたが、今後は「すべての種類の仕事」に拡張される新しいアウトソーシング規制に関して、「現代の奴隷制を合法化」したとして政府を非難している。

同会長は、アウトソーシングが自由に実施されれば、インドネシアの労働者の「雇用保障がなくなり」、労働者は「生涯にわたってアウトソーシング」される恐れがあるとも述べた。

ウィドド大統領は10月、雇用創出法に反対する人たちは自由に憲法裁判所に司法審査を申請してよい、その結果、この法律が撤回される可能性もあると述べた。しかし、ウィドド大統領がこのプロジェクトにどれくらいの政治力を費やしているかを考えれば、そのような結果が出ることはまったくありそうにない。だからといって、KSPIとKSBSIは司法審査の申請をやめたわけではなく、現在、申請の結果を待っているところである。

雇用創出法の最終草案にさまざまな誤植があること、10月の批准後にも変更が加えられたことが分かった結果、インドネシアのソーシャルメディアで騒動が起こり、果ては何人かの活動家が同法の有効性に疑義を呈することにもなった。ジャカルタのインドネシア法律・政策研究センター(PSHK)は11月3日に声明を発表し、この法律は「まだ条項の要旨に影響を与える語句の誤りを含んで」おり、これは「透明性、参加および説明責任の原則を犠牲にした強制的な法規形成プロセスの結果と解釈する必要がある」と述べた。

声明は続く。「形成プロセスにおける編集上の誤りや悪い習慣は、憲法裁判所が、雇用創出法は形式的に不備があるため、完全に法的拘束力があるわけではないと宣言せざるを得ない、と述べるに至った明白な証拠である」。これに関する決定はこれから下す必要があるが、インドネシアの労働者――およびインドネシアの環境――は、引き続き確実性・持続可能性の低い未来に直面することになるだろう。

写真:2020年10月7日、インドネシアのタングランで何千人もの学生と労働者が新法に抗議し、この法律は労働権を損なって環境に損害を与えると主張した。(AP/Dita Alangkara)

本稿の初出は『イークワル・タイムズ』