デューデリジェンス――フランスは本当に企業免責根絶の基礎を築いたか?

2020年2月19日

2013年10月24日にバングラデシュの首都ダッカで発生したラナ・プラザの大事故は、激しい抗議を引き起こした。被服縫製工場が入っていた建物が崩壊し、死者は1,000人を超えた。この大惨事により、主要ブランドや欧州系企業(カルフール、マンゴ、オーシャン、プリマークなど)の下請会社に雇用される労働者が広く耐え忍んでいる悪条件に注目が集まった。これらの多国籍企業の中に、その後法に照らして処罰された会社はない。障害となっているのは、買い手との関係が不明瞭であり、親会社がサプライヤー従業員の労働条件を認識していたことを証明するのが、不可能とは言わないまでも困難なことである。

フランスは2017年に世界で初めて『注意義務』またはデューデリジェンスに関する法律を採択した。この画期的な法律は初めて、人権や環境権が侵害された場合における多国籍企業の親会社とその子会社・下請会社との刑事上の関係を規定。要するに、大企業が買い手の地位の陰に隠れるのを防止しようとしている。

「ラナ・プラザ災害は問題についての認識を高めるうえで重要な役割を果たしたが、以前から類似の事故が発生していたため、私たちはしばらく前からこの法的不備に取り組んでいた」 とアムネスティ・インターナショナル・フランスのアドボカシー担当官サバイン・ガニエは説明する。

歴史的に、多国籍企業が享受している刑事免責は子会社にも及ぶ。オリビエ・プティジャンが著書『Devoir de vigilance, une victoire contre l’impunite des multinationales(注意義務、多国籍企業の刑事免責に対する勝利)』で説明しているように、法律上、このような刑事免責は存在しない。

「何十もの事業所や子会社、合弁事業その他の取引関係を傘下に収め、全体の利益に従って管理されている統一的・自主的事業単位(トタル、アップル、H&Mなど) の場合、[国際]法では独立事業体の集まりとみなされる」

一例として、2011年に石油グループ・シェブロンの子会社が、エクアドルの司法制度によって、現地での企業活動に起因する環境破壊で95億米ドルの罰金を科せられた。この米国系エネルギー大手が裁定の受け入れを拒否したことを受けて、NGO数団体は、親会社と南米子会社との関係を証明できる法的手段がないために、シェブロンが事業を展開している他の国々で同社を有罪にしようとしたが、その試みは無駄に終わった。

先駆的な法律

2017年にフランスで可決されたデューデリジェンスに関する法律は、この法的不備を埋めようとしている。同法は国連ビジネスと人権に関する指導原則に基づいており、企業だけでなく国家も、取引関係や事業活動に伴う「人権関連リスクを確認、防止および緩和」する義務を負うと定めている。

適用対象は、フランスで活動しており、フランス首都圏で5,000人超または全世界で1万人超の従業員を雇用するすべての企業である。この法律はフランスの大企業に、人権・基本的自由、安全衛生および環境に関して、自社の活動が引き起こす可能性のあるリスクや重大な違反の防止を義務づけようとしている。同法が革新的である点は、この責任が親会社の活動のみならず、その子会社や、親会社が取引関係を結んでいる下請会社・サプライヤーにも適用されることである。

この法律の強みは、国境を越えて効果を及ぼし、全レベルの主要な買い手やサプライチェーンに適用されることだ、 と企業で労働者代表を支援しているコンサルタント会社シンデックスのコンサルタント、デルフィーン・モーレルは指摘する。

具体的には、対象企業は一連の予防手段を定める年次『注意義務』(デューデリジェンス)計画の発表を求められる。ほとんどの対象企業が株式市場に上場されているため、この情報は公開されており、当該企業やvigilance-plan.orgのウェブサイトで入手できる。

しかし3年後の現在、デューデリジェンス法の成否はまちまちである。対象企業は2017年と2018年の2本の年次計画を発表しているはずである。だが、繊維部門のザラやH&M、食品産業のラクタリスなど、発表していない企業もある。

「企業は曖昧さにつけ込んでいる。法律の適用対象は、フランスで活動しており、世界中で1万人超の従業員を雇用している企業だが、フランス国内に1万人の従業員がいる企業にしか適用されないという主張もある」とモーレルは説明する。例えば、ウェブサイトでフランス首都圏に7万4,000人以上の従業員がいると謳っているマクドナルドのような多国籍企業は、計画発表への参加をまだ決めていない。

これらの疑念を払拭するために、NGOと労働組合はフランス政府に対し、デューデリジェンス計画の提出を義務づけられる企業のリストを要求している。

「要求への回答はまだない」とフランスの労働組合総連合CGTの国際顧問、モハメド・ロウナスは言う。「経済省は、この法律の監視も約束した。報告書の作成が委託されているが、ずいぶん前に発表されていたはずなのに何の知らせもない。業界を混乱させないようにブレーキをかけているようだ」

長い政治闘争

この法律の可決は長い政治闘争の結果だったと言わなければならない。労働組合に支持されたこのキャンペーンは、当初はシェルパやCCFD-Terre Solidaire、アムネスティ・インターナショナルをはじめとするNGOのグループが開始したものである。

「2012年の大統領選挙の前に、関連NGOは何人かの候補者に接触した。その後大統領になったフランソワ・オランドは、親会社に子会社の活動に対する責任を負わせると約束した」とガニエは思い起こす。新政権が発足すると、NGOグループは議会の代表者とともに提言活動を実施した。その後、社会主義・環境保護主義の議員3人が議会でこの問題を取り上げる。まず2014年に、そして2015年にも再び法案が提出されたが、いずれも、この法律は越えてはならない一線を越えていると考える政府・社会党(PS)によって拒絶された。

フランスの最大手企業を代表しているAFEPは、法案を阻止するために精力的にロビー活動を行い、この法律はフランス企業の競争力を損なうと主張した。「AFEPは法案を阻止すべく非常に強く働きかけ、当時の経済相エマニュエル・マクロンにまで手紙を書き、この法律は危険だと主張した」とサバイン・ガニエは回想する。

行き詰まりがついに打開されたのは2016年8月、大統領就任前のマクロンが法案成立を嫌って辞任したときである。「プロセスの加速を推進したのはフランソワ・オランド自身だった。これはおそらく政治的な損得勘定によるものだろう。当時オランドは再出馬を考えており、これが再選に役立つかもしれないと考えたからだ」とアムネスティ代表は続ける。この法律は任期5年の最終週の2017年2月21日に可決された。フランスで、市民団体が促進して議会で取り上げられた法案が採択されることは非常に珍しい。

3年後の成果はまちまち

デューデリジェンス計画は、リスクマップなどさまざまな要素をカバーし、当該企業の活動に伴う危険、下請会社の評価手順、リスク緩和措置を取り上げなければならない。同法は警報メカニズムの導入も義務づけている。このメカニズムは、従業員、NGO、さらには例えば建設現場や工場の近隣住民も、企業活動がもたらす可能性のある未確認のリスクや逆効果を当該企業に通知できるようにしなければならない。

ある団体が発表した研究によると、提出された計画には非常に大きな差がある。「とても詳しくリスクを調べている計画もあるが、大多数はごく一般的なリスクしか取り上げていない」とガニエは言う。「児童労働や強制労働のリスクがあると説明していながら、これらのリスクが存在する場所や組織機構名を示していないこともある。せいぜい大陸を明らかにしている程度だが、それではあまりにも曖昧すぎる。これらのリスクに取り組むために必要な措置も示すべきだ」

警報メカニズムにも問題があり、たいていは懸念の送信先のメールアドレスが書いてあるだけで、警報がどのように処理されるか、どの言語を使えるかに関する情報が何もない。「メールが誰に送られるのか分からない。経営陣か人事部である場合が多い。そのような状況下で、どうして従業員にこのシステムを利用するよう期待できるだろうか」

判例が法律を強化する可能性

この法律は何よりも、結果より手段に関する要件に基づいている。例えば、環境災害に責任を負う多国籍企業や、下請会社が児童労働者を雇用している多国籍企業は、そのようなリスクを防止するための計画を実施していることを証明できれば、有罪を宣告されないかもしれない。この骨抜きにされた内容は、この法律を制定するために払われた代償である。

この法律は、さまざまな自由貿易協定をはじめ、大企業の利益を保護する膨大な法律文との関連でも考えなければならない。さらに、フランスが将来『営業秘密』の保護に関するEU指令を採択すれば、デューデリジェンス法の進展に深刻な脅威をもたらす。

それでもフランスのNGOはかなりの数の有罪判決を予想しており、その後の判例法を厳密に監視することにしている。最初に提出された法案では、デューデリジェンス計画と損害賠償がない場合、1,000〜3,000万ユーロの罰金が想定されていた。最終的に採択された法案では金額が明記されていない。「裁判所がさらに高い罰金を決定できるので、これはチャンスになる可能性がある」とガニエは言う。

最初の訴訟事件は、ウガンダにおけるトタルの活動をめぐって2019年11月に起こされた。現地におけるこの石油グループの事業は、食糧の権利を侵害するだけでなく、数千人から土地家屋を押収する原因になったと言われている。NGOはデューデリジェンス法を利用し、ウガンダで下請会社が土地取得に用いた方法の監視を怠ったとして、トタルに対して訴訟を起こそうとしている。しかし2020年1月30日、ナンテール高等裁判所は本件について裁定する管轄権がないと宣言し、この事件は商業裁判所に管轄権があるとの判断を示した。「これは非常に悪いニュースだ。この法律を最小限に解釈する方向に進んでいる」と多国籍企業の規制に関する地球の友キャンペーン責任者のジュリエット・ルノーは言う。商業裁判所は裁判官が同僚によって選ばれるため、企業に有利な判決を下す傾向がある。

この挫折にもかかわらず、フランスの法律は国際的にドミノ効果をもたらす可能性があるだろうか。この考え方はヨーロッパ数カ国、特に市民社会の間で勢いを増しているようである。スイスでは、すでに法案が提出されているが、議会で行き詰まっている。環境保護団体と左翼政党が立法を推進しているドイツも似たような状況にある。法案は日の目を見なかったが、ドイツ政府は将来の法案提出を認めていないわけではない。国連内部でも、多国籍企業の活動を規制する法的拘束力のある文書の導入について議論している。しかし進展は非常に遅く、アメリカ、ロシア、中国、ブラジルといった国々が手を尽くしてプロセスを妨害している。

「欧州連合さえ障害を設けている」とルノーは説明する。フランス側は、この法律を国際レベルで促進しようとしている。「フランスはこの法律を外交上の武器として利用しているが、これはそれ以上にコミュニケーションの問題だ」とモーレルは言う。

この記事の初出は『Equal Times』